大判例

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東京高等裁判所 昭和44年(う)1427号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一五、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納できないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

水戸地方検察庁において保管する漁網一統(同庁昭和四三年領第一〇〇一号の一)はこれを没収する。

原審および当審における訴訟費用のうち原審証人青山国昭に支給した分は被告人の負担とする。

理由

検察官の所論は、原判決は、本件公訴事実のうち水産資源保護法第二五条違反の点すなわち被告人は法定の除外事由がないのに昭和四三年九月三〇日午後九時一〇分頃水戸市下大野地先の那珂川において、さけを採捕する目的で、船外機付漁船からかさね刺網を流し、もつて内水面においてさけの採捕行為を行なつたものであるとの事実について、同法案は特定の漁具、漁法による水産動植物の採捕を禁止している茨城県内水面漁業調整規則第二七条の場合とはちがつて、漁具、漁法のいかんを問わず、さく河魚であるさけの捕獲自体を禁止しているものであつて、さけ以外の水産動植物の採捕を禁止したものではないから、水産資源保護法第二五条にいう「採捕」とは、現実にさけを捕獲した場合すなわちさけを自己の実力の支配内においた場合を指称し、採捕行為をしたにとどまる場合すなわちさけを捕獲しようとする行為はしたが、実際にはさけを捕獲しなかつた場合は含まれないと解すべきであるから、単にかさね刺網を水中に流したにとどまつて、さけを捕獲していないことの明らかな前記公訴事実は罪とならないと判示しているが、同法律第二五条が内水面におけるさけの採捕を禁止しているのは、さけを取得するための各種採捕行為を放任すると、たとえ現実にさけを捕獲しなくても、さく上するさけを傷つけないしは脅かすなどして、さけのさく上を妨害し、その産卵、繁殖を阻害するので、これを防止して、さけを保護培養するにあるのであるから、同法条にいう「採捕」とは、原判決にいわゆる採捕行為を意味するものであつて、現実に目的物すなわちさけを取得することを要しないと解すべきであつて、若しそうでなく、原判決のように解するときは、さし網を用いて長時間にわたる採捕行為を繰り返していても、さけが一尾もその網にささらないときは、処罰の対象とならないのに反し、短時間採捕行為をした場合であつても、さけが網にささると、たとえ一尾でも、処罰の対象となり、さけが網にささるかどうかという偶然の事象によつて、犯罪の成否が左右され、ひいては法の適用上公平を失することとなるだけでなく、実際の取締りの面においても、取締官は、犯人が眼の前でさけの採捕行為をしていても、さけを捕獲し若しくはその実力の支配内におくまでは拱手傍観していなければならず、仮に犯人がさけを捕獲していても、取締官の目をぬすみ、そのさけを隠匿放棄して検挙を免れてしまうものも出てくることが予想され、取締りの実効を期することができないのであつて、「採捕」についての右解釈が大審院以来の裁判例上(大判昭和一三年三月七日、刑集一七巻三号一六九頁、最高決昭和二九年三月四日、刑集八巻三号二二八頁、なお同決定とその判断の対象となつた控訴審の判決とを対照しながら精読するときは、同決定は大審院以来の見解を踏襲したものであつて、その決定によつて従前の見解を改めたものとは解せられない。)確定されていることをも勘案するときは、原判決が判示した「採捕」についての前記解釈は誤つているといわねばならないのであるから、原判決は、右の点において、法令の解釈を誤り、本来なら罪となるべき事実にその法令を正しく適用しないで無罪とした違法をおかしたこと明らかであるので、原判決を破棄したうえ、さらに相当の裁判を求めるというものであり、これに対する弁護人の答弁は、水産資源保護法第二五条は、漁具、漁法のいかんにかかわらず、さけの採捕そのものを禁止した規定であるのに対し、茨城県内水面漁業調整規則第二七条は、特定の漁具、漁法による水産動植物一般の採捕を禁止した規定であるから、両条ともそれぞれ別個の事項を保護法益としているのに、検察官所論の解釈は、その保護法益の差異を無視して、たとえさけを捕獲しなくても、同規則第二七条で禁止された漁具、漁法を使用すれば、その時に前記法律第二五条違反の犯罪が成立するとなすものであつて、あたかも同法条の法益が同規則第二七条の保護法益と同じであるかのような結果を導いているので、とうてい賛同できないばかりでなく、水産資源保護法には未遂を処罰する規定がないのに、同法第二五条にいう「採捕」の意義を拡張解釈することによつて、実質的には未遂にあたる行為をば、既遂同様に処罰する結果となるので、この意味においても賛成できないのであつて、若し検察官所論のように取締りの実際面における必要性という点を強調することになると、さけのさく上する河川において、善良な一般市民が鯉、鮒、うなぎ、どじようの類を捕獲する目的をもつて、網を使用した場合においても、さけがその網にかかることも考えられるという理由で検挙される危険があることや、検察官引用の判例がいずれも水産動植物一般の採捕を禁止された特定の漁具、漁法を使用した場合における「採捕」の意義を論じたものであつて、漁具、漁法のいかんを問わずに、単純にさけの採捕を禁止している本件の場合には、その判例が適切でないことをあわせ考察するときは、検察官の所論見解は誤つており、原判決の解釈が正当であるから、検察官の本件控訴は理由がないというものである。

そこで原判決を検すると、原判決が、水産資源保護法第二五条にいう「採捕」の意義について、所論が指摘したとおりの見解をとつて、本件公訴事実のうち同法第二五条違反の点は、単にかさね刺網を水中に流したにとどまつて、さけを現実に捕獲していない行為を内容とするものであるから、罪とならないと判示していることは検察官所論のとおりであるけれども、水産資源保護法第二五条は同法第二章第三節さく河魚類の保護培養の項に規定されている第二〇条、第二一条(人工ふ化放流などさけ、ますの増殖を図るための規定)、第二二条ないし第二四条(さく河魚類の通路を保護する諸規定)と相まつて、さけをして内水面をさく上させたうえ、無事産卵、繁殖させ、もつてさけの保護培養を図つた規定であつて、成長したさけの生存だけを保護した規定ではないから、さけを現実に捕獲しない限りは、さく河中のさけないしは産卵中のさけについて何回捕獲行為をしても、同法第二五条の違反にならないとして、その捕獲行為を放置していては、同法条が設けられた趣旨が没却されてしまうので、同法条にいう「採捕」とは、原判決がいうように、現実にさけを捕獲した場合ないしはさけを自己の実力の支配内においた場合だけでなく、検察官所論のように、原判決のいわゆる採捕行為をした場合すなわちさけを捕獲しようとしたが、現実にはさけを捕獲していない場合をも包含すると解するのが相当であつて、若しそうでなく原判決のような解釈をとる場合には、検察官所論のように、同法条の適用上公平を失する事態が招来され、また取締りの実効が期し難くなることは、その挙示する事例とともに、十分に首肯することができる。弁護人は、検察官所論の解釈は、水産資源保護法第二五条の保護法益と特定の漁具、漁法の使用を禁止している茨城県内水面漁業調整規則第二七条の保護法益との間に差異があることを無視したものであつて、納得できないと主張するけれども、右法律第二五条の保護法益は、前記のとおり、さけをして内水面をさく上させたうえ、無事産卵、繁殖させることにあるのであるから、漁具を本件の場合においてはかさね刺網(流し)を産卵のためにさく上してくるさけの通路に設置した場合、すなわち帯状の形をした網地(上縁にうき、下縁におもしがある。本件の網地の長さは約四八メートル、幅は約四メートル。)を水中に入れて、水平面に対しての直角の方向に展張し、その展張した網地を水にまかせて移動させた場合には、さく上するさけがある限り、その網にささつて逃げることができなくなり、従つて必ずや捕獲され、原判決のいわゆる自己の実力の支配内に移すことができるので、たとえたまたまさけがその展張した網地の部分に向つてさく上してこなかつたため、さけを捕獲することができなくても、網が右のようにして設置された以上は、前記の保護法益を侵害するに至るべきことがまことに明らかであるから、その設置したときに同法条違反の罪が成立するのであつて、若しその場合使用した漁具すなわち本件の場合においてかさね刺網が茨城県内水面漁業調整規則第二七条によつて禁止漁具となつておれば、網を設置するというその同じ行為が、一方では右のように前記法律第二五条に違反するほか、他方では同規則第二七条にも触れることとなつて、それぞれ別個の保護法益を同時に侵害し、両罪が成立するに至るべきことは多言を要しないところであつて、検察官所論の解釈が右両条の保護法益間にある差異を無視しているという弁護人の主張はあたらない。弁護人の右所論は採用できない。(弁護人は当番における事実取調の結果に基く意見陳述に際して、本件の場合、被告人はさし網を水中に流しているけれども、網の扱いに馴れていないなどの事由により、その網が川の流れに対して直角とならないで平行となり、しかももつれたり、からまつたりしたために、その網の半分位しか出せなかつたのであるから、仮に右解釈に従つても、網を設置したことにはならないと主張しているが、当審における事実取調の結果、ことに証人青山国昭に対する尋問調書中の供述記載と被告人の原審公判廷における供述ないし被告人の司法警察員および検察事務官に対する供述調書中の供述記載とを対照しながら総合勘案すると、被告人はエンジンを止めた船上からさし網を水の流れに対して直角の方向に入れ、約半分位のびたときに、からまつたので、それをほぐしてまた入れるということを二ないし三回繰り返しているうちに、監視船が近づき検挙された経緯にあつて、不十分ながらも網が展張し、さく上するさけがおりさえすれば、その網にささつたであろうことが認められ、従つて網を設置したことになつて、被告人はさけの採捕行為をしたといわねばならないので、原判決のこの点に関する判断は正当である。)つぎに弁護人は、若し右のような解釈が許されることになると、水産資源保護法には未遂を処罰する規定がないのに、実質的には未遂に相当する行為をば、同法第二五条の解釈を拡張することによつて、既遂同様に処罰する結果を導くこととなるので、右解釈は不当であると非難するが、法規で使用されている言葉の意味を解釈するにあたつては、その言葉の日常的な用法をはなれたり、明文を無視したりして解釈することは許されないけれども、そうでない限りは、法規、とくに本件のようにいわゆる取締法規の場合においては、法の意図する行政上の取締目的が達成されるように解釈することは許されることであるから、前述のように、本件関係法条が設けられた趣旨、目的に照らし、水産産資源保護法第二五条にいう「採捕」のうちには、採捕行為すなわち所論未遂にあたる行為をも含むと解釈することは一向に差支えがなく、またそのように解釈しても、その言葉の日常的な用法をはなれた解釈をしているわけではなく、もちろん法規の明文にも反していないのであるから、そのように解釈することは、罪刑法定主義に反する拡張解釈であるとする弁護人の非難はあたらない。さらに弁護人は、検察官所論のような解釈が許されると、善良な一般市民が、法の許容する網を用いて、鯉、鮒、うなぎ、どじようの類を捕獲する場合においても、その網にさけがかからないとも限らないという理由で検挙される危険があると主張するけれども、その捕獲行為に従事する者が使用する漁具、漁法やその漁をしている時期、時間、場所、装備、服装などによつて、鯉、鮒などの捕獲に従事している者とさけの捕獲に従事している者との区別がおのずから判明する筈であるから、前記のように採捕行為の段階をとらえて、前記法条に違反すると解しても、弁護人のおそれるような弊害はないものと認められるので、この点の主張も採用できない。なお検察官引用の判例が事案を異にし必ずしも本件に適切でないことは弁護人所論のとおりであるが、右判例は同種の法規すなわち北海道漁業取締規則および漁業法(昭和二六年法律第三一三号による改正前のもの)中にある「採捕」の意義を論じたものであつて、その判示するところは本件の「採捕」の意味を解釈するにあたつて参考となるばかりでなく、たとえ「採捕」についての解釈が判例上確立されているという検察官の立論がくずれても、検察官の挙示するその余の論拠によつて、優にその論旨を維持することができるのであるから、検察官引用の判例が本件に適切でないことは、検察官の「採捕」についての見解、従つて検察官と結論を同じくする当裁判所の上記判断を妨げるものではない。(なお検察官が引用する判例のほか、その判例に類似するつぎの判例がある。大正一四年三月五日大審院判決、刑集四巻、二号、一二一頁、大正一五年一一月五日大審院判決、刑集五巻、一一号、四九七頁、昭和二八年七月三一日最高裁判所判決、刑集七巻、七号、一六六六頁。しかしながらこれらの判例は、いずれも有毒物ないしは爆発物を使用した場合における「採捕」の意義、ないしはその結果魚類を疲憊斃死させた場合における所持罪の成否をめぐつて、「採捕」の意義を論じたものであつて、現行の水産資源保護法でいえば、同法第五ないし第七条にいう「採捕」の意味について判示していることになるので、それらの判例も本件とは事案を異にする。)以上の次第であるから、当裁判所の前記判断と異り、水産資源保護法第二五条にいう「採捕」は現実にさけを捕獲した場合のことをいい、採捕行為をしたにとどまる場合は含まれないと解して、冒頭に掲記した公訴事実は罪とならないと判断した原判決は、同法条にいう「採捕」の意義についての解釈を誤つたものであつて、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。所論は、理由がある。

よつて、検察官の本件控訴は理由があるので、刑事訴訟法第三九七条、第三八〇条により、原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い、当裁判所において、ただちにつぎのとおり自判する。

(罪となるべき事実)

当裁判所が認定した罪となるべき事実は

「被告人は法定の除外事由がないのに昭和四三年九月三〇日午後九時一〇分頃水戸市下大野地先の那珂川において、さけを採捕する目的で、船外機付漁船からかさねさし網を水中に流し、もつて内水面においてさく河魚類であるさけを採捕したものである。」と付加するほかは、原判示の事実のとおりであるから、これを引用する。

(証拠の標目)〈略〉

(法令の適用)

被告人の右判示各所為のうち法定の除外事由なくして禁止漁具を使用して水産動植物の採捕をした点は茨城県内水面漁業調整規則第三七条第一項第一号、第二七条に、法定の除外事由なくして内水面においてさく河魚類であるさけの採捕をした点は水産資源保護法第三七条第四号、第二五条に該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により、重い後者の罪の刑に従い、その所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内において、被告人を罰金一万五、〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法第一八条により、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、主文第四項掲記の物件は被告人の所有物であつて、かつ、水産資源保護法第二五条に違反する前記犯行の用に供した漁具であるから、同法第三八条により、これを没収し、原審および当審における訴訟費用のうち原審証人青山国昭に支給した分は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従い被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。(山田鷹之助 目黒太郎 中久喜俊世)

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